北九州ゆかりの漫画家であるムロタニ・ツネ象先生が、昨年11月22日に87歳で逝去されたことが、1月25日に発表されました。謹んでお悔み申し上げます。
■「マンガ図書館Z」漫画家 ムロタニ・ツネ象先生のご逝去につきまして
ムロタニ先生は1934年に大阪府で生まれ、佐賀県唐津市で育たれました。中学・高校の在学中から、当時門司にあった新九州新聞社発行の『まんが新九州』や、毎日新聞西部本社発行の『毎日中学生新聞 西部版』に漫画を投稿し活躍。高校卒業後は毎日新聞西部本社に就職し、1953年には「日本歴史漫歩」を紙面に掲載して、プロとしてのデビューを飾っています。1950年代の終わり頃に上京され、ギャグ漫画・ホラー漫画・学習漫画と多方面で活躍し、多くの後進に影響を与えました。
北九州市漫画ミュージアムでは、ムロタニ先生がお手元で保存されていた作品原画群について、当館が参画する文化庁事業「マンガ原画アーカイブセンター」の一環として、その恒久保存や利活用のお手伝いに取り組みつつありました。今後も引き続きご家族や、作品の公開に携わっておられる「マンガ図書館Z」など関係各位の皆様とご相談し、原画の恒久保存に尽力して参ります。
「マンガ図書館Z」では、ムロタニ・ツネ象先生の作品を11タイトル公開中です(閲覧無料)。1950~60年代に月刊少年漫画誌で大人気を博したギャグ漫画や、1960年代後半に読者を震撼させホラー漫画の新時代を築いた「地獄くん」などをご覧になることができます。年来の読者の方も、初めてお読みになる方も、ムロタニ先生が漫画史上に遺された偉大な足跡の一端にぜひ触れてみてください。
■「マンガ図書館Z」特集ページ:ムロタニ・ツネ象先生を偲んで
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■略歴
ムロタニ・ツネ象(むろたに つねぞう/本名:室谷常蔵)
1934年9月9日大阪府生まれ。マンガ家。1953年『毎日中学生新聞』掲載の「日本歴史漫歩」でデビューしてから半世紀あまり、ギャグマンガ・ホラーマンガ・学習マンガと多彩なジャンルで活躍し、後進に多大な影響を与えた。2021年11月22日、87歳で逝去。
母方の実家がある佐賀県唐津市に戦時疎開で転居し、戦後も唐津で育つ。中学・高校在学中から『まんが新九州』(新九州新聞社)や『毎日中学生新聞』(毎日新聞社)の投稿・コンテストで掲載多数。『毎日中学生新聞』のコンテストでは3年連続で金賞に入選した。唐津高等学校卒業後は毎日新聞西部本社(福岡県北九州市)に勤務し、上述のデビュー作をはじめ、紙面で学習マンガを手がける。
50年代の終わりごろに上京し、阿佐ヶ谷美術学園で学ぶと共に、少年マンガ誌にも進出。『冒険王』で「ピカドンくん」(58~63年)、『まんが王』で「わんぱくター坊」(59~62年)など、複数の月刊少年誌でギャグマンガの連載を持つ売れっ子作家となった。週刊少年誌では、『週刊少年サンデー』連載の「ビリビリビート」(66年)と「ドクター・ツルリ」(67~68年)が相次いでテレビアニメ(それぞれ「かみなり坊やピッカリ・ビー」「ファイトだ!!ピュー太※1」と改題)になったほか、67年に生み出した「地獄くん」(『週刊少年サンデー』など)でホラーマンガの新境地を開拓。60年代後半の妖怪ブームの中でもひときわ異彩を放つ「トラウママンガ」として永く読み継がれている。
70年代以降は子供向け学習マンガの描き下ろし単行本を主軸に活躍し、『学研まんが人物日本史』(78年『聖徳太子』他)や『学研まんが 世界の歴史』(92~95年、全15巻)など、偉人伝・歴史読み物を中心にロングセラー作品を多数残している。